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大竹しのぶが凄まじい。ドラマ「それでも、生きてゆく」

東京に居る時に通っていた絵画教室の先生が「絵画提供」しているという理由から観始めたドラマ「それでも、生きてゆく」。

日本のドラマになんというか鳥肌実る嫌悪感があって(演技が酷いからサブイボが実るという意味で)今までドラマを連続で観た経験皆無のアタクシ。

最初は正直、先生の絵がどんな風に使われているかな?という興味のみで第一回を観た。

そして、昨日は第八回。

まぁ暗い。

とにかく、テーマが幼児殺人を犯した犯人、それを取り巻く加害者家族と被害者家族の事件後の日常というものだから、もうほんと、登場人物と同様に、笑顔になることすら罪悪感を感じるというような濃密な暗さ。

脚本が素晴らしいんだと思うんだけど、それにも増してキャスティングが極み。(何様だって感じだけど、一部例外は除かせて頂く。)

7歳の娘を中学生に撲殺されてしまった母親を大竹しのぶが演じている。

演技が上手い上手いと巷に溢れる情報で知ってはいたけど、とぼけた顔でぼそっとなんか言う感じの印象が強くって、ともかく先の理由からその人の演技を観ることは一切無かった。

で、

凄い。

なんというか、今回などは、居住まいを正してしまうくらい凄かった。

寝転んで枕を抱え込んでオナラしながら観る感じで見始めたアタクシでしたが、今週のクライマックス、大竹しのぶが犯人役の風間俊介に詰め寄るシーンになると、今まで映画館で見たりした映画のどのシーンよりも「鬼気迫る」という感じで、気が付いたら正座して枕を抱えている始末。

愛娘を惨殺された後の、とぐろを巻き行き場をなくして煮詰まるばかりの憎悪というものがそこに在って、大竹しのぶが般若にみえるのである。

一方、これまた変な表現だけど、犯人役の風間俊介、これがまた素晴らしい。

我が母、邦ドラマにアタクシ以上に手厳しいMyおかあちゃんが偶然観かけた「金八先生」での陰ある少年役が素晴らしかったらしい風間俊介。ジャニーズ事務所所属。

これがまさに幼児殺人者たる存在感でそこに居るのであります。

加害者である自覚を持てないような人格と、その存在に否応無く巻き込まれてしまった加害者家族、被害者家族、その現実が画面上に上手な演者だけが出ている時に限り、めちゃくちゃリアルに存在して、視聴者という状況を超えて、「家族が殺されたら」、「家族が、もしくは、自分が、人を殺したら」という状況をジリジリと、いや、ゴリゴリと押し迫ってきて持て余す感じ。
ブログ、週3回更新を習慣化しようと頑張っていたけれど、毎日毎日、地震後の原発の事故状況や、放射能汚染の実態情報を仕入れてしまい(仕入れれるようRSSなど設定しているからだけど)、その情報を知り合いしか知らないこのブログに共有したいけれど、直ぐにどうすることも出来ないであろう各位の状況を考えると、無責任に言い放つのも気が引けて、でもおもろいことを言うような気にもなれず、更新の手が止まっていたココ最近。

これからは、「知りたくない権利」というのを考慮して、色々な思いは「続き」にだけ書いていこうと思う。

ちなみに、個人的には自分が癌であっても、事実や情報は清濁(?)全て知りたいと猛烈に思うほうなので、「知りたくない」という気持ちには決してならないタイプではあります。

ということで、以下はどうでもいい個人的見解。


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まだ余震は続き、もう一度大規模な3.11クラスの地震が来たら当地も浜岡原発の影響から福島で言う相馬市と変わらない影響下にあるという状況で。

35年生きてきた間に貯めて来た思い入れの全てが詰まった我が汚部屋が避難区域になったとしたら。

私はその憤りや呪いの全てを中部電力に向け、原子力の実態を知らずに過ごしてきた自分に向け、それを推進してきた政府に向け、大竹しのぶクラスの呪いの濃縮還元になるだろうって思う。

現時点で、農作物・海産物の汚染は凄まじく、政府が発表する数値はまったく信用できないので個人でガイガーカウンターを用意するか、汚染食品を摂取するのを前提として、いかにそれを体内から排除するかを学習しなくてはならないような状況下にあって、この取り返しが付かないという感情、今年もボーナスが出た東電社員に対する感情は、行き場がない。

それは、加害者である自覚を持てない人格に対する途方もない呪いの気持ちと同じで、受容体のない容量の大きい感情は、その感情を持ってしまった人間自体を蝕むと思う。

電力会社は自分たちがどれだけの被害をもたらしたのか自覚していない。

それは人を殺してもその罪に自覚がない犯罪者と同じくらい我がしでかしたこととして認識をしていない。

言い訳としては、「今までそれ相応の金を払ってきた」「電力を必要としたのはお前たちだ」というものかもしれない。

それでも、食べるもの全て、目にするもの全てに放射能という、今現在対処できない猛毒を散乱させておいて、呑気に被災者に提供するでもなく、非難を恐れて寮の看板を外したり、半分返せばいいだろうと役員報酬の50%だけを差し出したり、東電救済法(原子力損害賠償支援機構法)を可決させ、20%の給与減で「ついてない」と思ったりできる神経は、ドラマの風間俊介演じる三崎文哉同様に、ある種の深刻な病気だとすら思う。

そしてその病気は、ヒトゴトではない。

俯瞰性を失って、自分こそ正義だと思う気持ちがあれば、いつだって加害者になれる。

私も大嫌いな人間を想像上、当然の報いとばかりに惨殺してきたと思う。

短気には腕に覚えありのワタクシだけど、実際手を下さなかったというだけで、東電批判をして平気な顔している。
けれど、加害はいつだって明日は我が身であり、その自覚と自分を省みる反省の心こそが、「これから」を考える上で一番大切なような気がしたりしてしまった「それでも、生きていく」第八回でありましたことよ。


あ、追記追記。

因みに先生の絵は三崎文哉が更生施設や出所後の勤務先である果樹園で描いているものとして登場していて、自分の殺人行為を美化して正当化しようとしている恐ろしいツールとして大活躍していた。すげーなぁ。