プラムフィールド留学、そして自称研修生☆

豊橋に戻ってきて長らく、泣き叫び逃げ惑う親を押さえつけてスネに齧り付く、という恐怖の妖怪、渡邊家の呪いとして暗躍しまくっていたアタクシですが、平行して放射能系のお勉強をしていたりする。もちろん、その間も片時も親を逃がさずスネは齧り上げているわけですがッはっは。

木曜日に静岡市にあるプラムフィールドに行ってきた。馬場利子さんという方が運営する市民放射能測定室も兼ねた場所。馬場さんは今月7日に豊橋で「健やかな命を未来へ〜子どもの健康を守る食べ方、暮らし方〜」という講演会の講師をされた方で、私はチラシ作成などで関わらせて頂けた。


大竹しのぶが凄まじい。ドラマ「それでも、生きてゆく」

東京に居る時に通っていた絵画教室の先生が「絵画提供」しているという理由から観始めたドラマ「それでも、生きてゆく」。

日本のドラマになんというか鳥肌実る嫌悪感があって(演技が酷いからサブイボが実るという意味で)今までドラマを連続で観た経験皆無のアタクシ。

最初は正直、先生の絵がどんな風に使われているかな?という興味のみで第一回を観た。

そして、昨日は第八回。

まぁ暗い。

とにかく、テーマが幼児殺人を犯した犯人、それを取り巻く加害者家族と被害者家族の事件後の日常というものだから、もうほんと、登場人物と同様に、笑顔になることすら罪悪感を感じるというような濃密な暗さ。

脚本が素晴らしいんだと思うんだけど、それにも増してキャスティングが極み。(何様だって感じだけど、一部例外は除かせて頂く。)

7歳の娘を中学生に撲殺されてしまった母親を大竹しのぶが演じている。

演技が上手い上手いと巷に溢れる情報で知ってはいたけど、とぼけた顔でぼそっとなんか言う感じの印象が強くって、ともかく先の理由からその人の演技を観ることは一切無かった。

で、

凄い。

なんというか、今回などは、居住まいを正してしまうくらい凄かった。

寝転んで枕を抱え込んでオナラしながら観る感じで見始めたアタクシでしたが、今週のクライマックス、大竹しのぶが犯人役の風間俊介に詰め寄るシーンになると、今まで映画館で見たりした映画のどのシーンよりも「鬼気迫る」という感じで、気が付いたら正座して枕を抱えている始末。

愛娘を惨殺された後の、とぐろを巻き行き場をなくして煮詰まるばかりの憎悪というものがそこに在って、大竹しのぶが般若にみえるのである。

一方、これまた変な表現だけど、犯人役の風間俊介、これがまた素晴らしい。

我が母、邦ドラマにアタクシ以上に手厳しいMyおかあちゃんが偶然観かけた「金八先生」での陰ある少年役が素晴らしかったらしい風間俊介。ジャニーズ事務所所属。

これがまさに幼児殺人者たる存在感でそこに居るのであります。

加害者である自覚を持てないような人格と、その存在に否応無く巻き込まれてしまった加害者家族、被害者家族、その現実が画面上に上手な演者だけが出ている時に限り、めちゃくちゃリアルに存在して、視聴者という状況を超えて、「家族が殺されたら」、「家族が、もしくは、自分が、人を殺したら」という状況をジリジリと、いや、ゴリゴリと押し迫ってきて持て余す感じ。

[再考]国会の完全なる怠慢!と、そうなってる要因について考える

お米、なんだか本格的に大変だなぁ。

[2011/7/28の 再考]-----

うーん。。うーーーん。。色々とネットで情報を集めるうち、どうも孫正義氏の自然エネルギーが本当に最善策なのかわかんなくなってきたので先日7/28の記事を再考することにした。うーんうーん。

過去の事業展開を見ているとかなり強力に脱原発を推し進めそうで、頼もしくあった孫氏だけど、自然破壊になると聴くと、なぁ。

もっかい考えようと思ったのは、ネット上の右翼的な発言(孫さんが在日である事実を理由に新電力会社設立を否定的に語るもの。※ 私個人としては韓国の人と在日の人は明確に別の人種?だと感じる。明確な線引きは、会って話したときの感触、としか言えないけど、少なくとも、子供の頃から、その個人個人は難しい感情をもっていたかもしれないけど、日本で生まれ育っていたら、皮膚感覚で違いを感じることは、私には困難であり、それは例えば日本人だけど、海外で生まれ育った人を皮膚感覚で外国人と感じるのと同じ。実に個人的な文化的人種決定法…。あれ?時流に乗って話しがそれてきたので置いておいて……)に左右されたから、『コノヤロー実は日本を食いモノにしようとしてんだな!』と、思ったわけではなく、「自然エネルギーが自然を破壊する」という武田教授の音声を聞いて悩んだのが98%。あと2%は正直、先も書いた、過去の事業展開の強引さを知り、なんだか引いたので、自然エネルギーの展開後のことをもっと考えて自分の意見を決めなくてはということで100%。

結局「金儲け」それ自体は人のためではなく自分のためにやることだ。それが悪いとかでなく、事業で原価に対して粗利の幅が謎なくらい大きい場合、自然エネルギーだといっても結局は現在の電力会社と変わらなくなるってことだ。果たしていくらに設定するつもりかわからないけど。SoftBankみたいに薄利多売にしてくれるのかな、いや待て待て、そのために自然が破壊されるのだとしたら利用料の問題ではない。いや待て待て、SoftBankって多売だけど全然薄利ってわけじゃねーしな。携帯にしてもネット回線にしても、安くない。普通。てことは電気も高くなりこそすれ安くなることはない。いやだから利用料の問題では以下略。

一般消費者でしかない個人、脳容量256あればいいとこだから沢山の情報に右往左往⇒エラー⇒フォーマット。
だけど、この個人的な脳内格闘こそが今まさに大切なことなのだと信じる。考えて能動的に選択していかないと。

ということで、脱原発のための方法の選択肢として自然エネルギーに挙手!と、がっつり入れていたギアをニュートラルに戻すことにした。

武田教授は日本の自然を守ることを考えるならば「今は」、CO2排出の石油・石炭の方がいいと言っていた。⇒
私は自然エネルギー=自然を温存しながら得られるもの、のように考えていたからびっくりしたが、それを利用することが、放射能汚染で汚された日本の自然をさらに奪うものだとするなら、最近、奥飛騨で大好きな山の、地震後、事故後も変わらず美しい自然を、ここも汚染されているかもしれないんだという猛烈に悲しい気持ちで眺めた自分としては、例えば山肌を伐採して太陽光パネルびっしりとかになるのならば絶対に選ぶことはできない。

現在の地球温暖化の問題、これが小さく短い人間の歴史じゃなく、大きく長い地球の歴史からしたら、何度も周期的にくる「季節」みたいなものだとしたら、石油・石炭でもいいのかもしれない。
でも、そうでなく化石燃料利用や森林伐採の人為的なものが原因なのだとすると微妙だなぁ。武田教授の話は「今現在と将来の日本の子供たちのため」に特化していて、現時点では、そうか!それなら石油・石炭で問題ないじゃないですか!と思っちゃうような言葉はどこにもなかったように思う。原子力よりは、自然エネルギー(太陽光・風力・水力)よりは、断然石油・石炭押し、という感じ。

結局、世界約70億人がエネルギーを用いた文明生活を送るためには、これが100%いいぞ!という方法などないのかもしれない。果たしてプルトニウムの半減期である約2万4000年後に人類は生きているのか。

色々調べるのが面倒な人間としてはついつい1人の知識人に傾倒してしまいたくなるけれど、理解に深度が望めないならば広く考える種を集めて、とにかく原子力利用は放射能を処理、無毒化できない以上絶対に反対という土台の上で揺れ揺れに揺れながら最善を考えるしかない。脳のメモリ増設しないと処理、厳しいわー。

身内以外読んでないのをいいことに腐れた脳内垂れ流しブログもどうかと思うけど、私だけでなく、今は世界中の人類という人類が色々喧々諤々、考える時期なのだろうと思う。

そして、今盛り上がっている人種問題も原発問題も、人間が猿から離れて進化してしまった結果なんだな、と思う。
でもやってることは大掛かりで組織的な縄張り争いにすぎなかったりして。

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小田原評定

小田原評定:おだわらひょうじょう

会議などの場において、結論が出ないまま延々と議論が続き、結果的に判断が遅れてしまうことの喩え。

日本史赤点のアタクシ、小田原城でなにがあったかも含めて川原泉先生の「フロイト1/2(にぶんのいち)」で学んだいらいらすることわざ。

先日リンクを貼った児玉氏の動画の続きにあたる質疑応答編。これを観ていると、聴いている国会議員や官僚は何をどう感じているんだろうかと思う。

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児玉龍彦 20110727_衆議院_厚生労働委員会_質疑

Q:非難区域に住民が戻る条件とはなにか

A:住民が戻る気になるのは行政が懸命に測定・除染をしている箇所です。
  行政が何も行っていない現状で線量がどうとか言うのは住民に安心を与えることはない(要約)

東電なり我々科学者なり、日本政府がとてつもない十字架を背負っていると思っています

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本当に「風評被害」か 世界の信用失う政府 欺瞞の被ばく比較こそ犯罪
アーサー・ビナード(6/6 琉球新聞)

真実を語ろうとしないジャパンのお偉方たちの「安全宣言」を、誰が信じるというのか。日本製品がそっぽを向かれているのは、永田町が世界の善良な市民の信用を溝に捨てた報いであって、「風評」という次元ではない。

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いつ国会は解決に向けての行動を起こすんだろう。小田原評定しまくりの現状はいつ突破口が見つかるのか。


国会の完全なる怠慢!と、そうなってる要因について考える

7万人の人が自宅を離れてさまよっている時に国会は何をやっているのか!国会の完全なる怠慢である!と叫んで訴えてくれているのは児玉龍彦氏。


H23.7.27 衆院厚労委員会 児玉龍彦参考人

児玉 龍彦 氏
 東京大学先端科学技術研究センター教授
 東京大学アイソトープ総合センター長
 アイソトープとは

児玉氏の訴え:緊急に国がしなくてはならないこと

一、国策として日本の技術全てを投入して食品、土壌、水を、流れ作業で一気にイメージングして検査できるよう抜本的に改革する
一、緊急に子供の被爆を回避するために新しい法律を制定する
一、土壌汚染を除去するために民間の力を結集し除染研究センターを緊急に設置する

※イメージング:試料の情報を様々な方法で測定して画像化・視覚化すること。


この映像を見ていると、確かに国は一体何をやっているんだろう??と、つくづく疑問になってくる。
日本の新幹線が安全なように、日本にはまだミートホープや姉歯じゃない、誠実な技術が沢山残っているんだとしたら、それこそ今、最大限に集中投入する時だよなぁと思う。

色んな経済の第一人者が「ピンチはチャンス」という。
孫正義が自然エネルギー財団を立ち上げたというと叩く人がいて、その理由が「金儲け主義」だ「不謹慎」だみたいに言うけど、金、設けていいと思う。まっとうで誠実な志の元でなら、金儲けていただいて結構だから、これ以上原発の害と共存せずに、命、永らえたい人の方が多いのではないだろうか。

その誠実さが社会に向けての誠実さであらねばならないのは当然のこととして。

今こそ、もてる技術の全てで除染技術や内部被爆回避技術を研究すれば、まさかの日本の技術が核の恐怖を遠ざけることができる日が、本当に来るのかもしれない。
H.I.Vみたいに発症しない、という延命だけでもいい。今はそれさえもなく被爆しつづけ、癌になる危険が増え続けている中を、国民全員が生きなきゃいけない状況なのだから。
チェルノブイリの時と同様に、葉物野菜、乳製品、肉・魚ときて、収穫の秋には米、穀物類から汚染がでてくる状況なのだから。

中部大:武田教授のサイトで二日前に「私の試み・・・日本社会は日本人が作っていけるのか?」という記事があった。

メインは貯蓄率のよい日本社会のお金の行方の話のように見えて、なぜ、今の社会が、誰もがそのほうがいいって直感でわかることがすんなり進まないのか?という素朴な疑問に集約していき、最終的な一言が以下だった。

「おそらく現代の日本は日本人が主人ではなく、どこかに主人がいるからではないかと思います。」

その主人とは誰なんだろう。アメリカ?韓国?中国?それとも特定のお金だけを儲けたい日本人の誰か??タイトルからすると、日本人以外の何かが主人なんだろう。

この児玉氏が叫んでいる国会の怠慢が、いろんな団体や個人が各々の利権のために足を引っ張り合って、この危機的状況下で自分の利益のことばかり画策しているから前に進まない膠着状況を指しているのだとしたら、主人不在の日本というのは、自分の頭で考えることが出来なくなった、結論を他人に求める、主人を外に求めるようになっている日本人の気質そのものが招いている結果なんじゃないかとも思えてくる。

日本のため、日本人のために決断して実行する力のある主導者は今の国会にいるのだろうか?

…その出現が弥勒菩薩の56億7000万年後の降臨にも間に合いそうに無いような途方も無い感じがするのは私だけか。

少子化問題と放射能汚染

素朴な疑問なんだけど、3.11前までの日本の大きな課題に「少子化問題」ってあったような…。

放射能の食品汚染が止まらない毎日、稲わらが汚染されているなら、その他、豚や鳥のえさになる雑穀類だって汚染されているわけで、当然たんぱく質だけじゃなく、ホームセンターで売られている腐葉土から高濃度放射能が検出されたように、汚染された土から育つ野菜類も全て心配になってくるわけで。

安全な食品を求めることが日に日に困難になりつつあるのだけど、政府は暫定規定値を超えた濃度の汚染食品を食べても「直ちに健康に被害はない」と言い続ける気だろうか。

放射能に対する感受性は細胞分裂の回数が多いほうが強くなる。

つまり大人より子供、子供より幼児、幼児より胎児の方が気をつけなければいけないということ。

今は私みたいにテレビやネットからのらくら情報を得ただけの人間でもこの話は理解しているし、恐ろしいなと思っているのに、厚生労働省が発行している冊子を読むと、ただただ疑問が湧いてくる。

「万が一、規定値を上回った食べものを口にしてしまったからといって、健康への影響が出ることはありません。」と明記されている厚生労働省発行の妊婦向け冊子=「妊娠中の方、小さなお子さんをもつお母さんの放射線へのご心配にお答えします。(PDF)

日本って子供が少なくなってるんだよね?

それこそ民主党なんて金を払ってでも子供を産んで欲しくっての「子ども手当て」だったわけだよね?

今の子供たちって凄くすごく国にとって大切なんじゃないの?

非常時だからと20ミリシーベルトまでOKとか、規定値をいじったりしていた政府だけど、本当は金を払ってでも安心して子供を産んで欲しいし育てて欲しいんだよね?

日本が存続するための宝を育む食品の安全について、国も生産者も必死さが足り無すぎて怖い。

ひとりひとりの責任

電気を使っているという事実を逆手に取られて発言権を奪われてはならない。

独占企業に選択肢を与えられずに供給されてきた電力に対して、不勉強が後ろめたいからと、有無を言わせない空気に呑まれて曖昧なまま個人的な結論を出さず、無言は肯定としてカウントされることに寛容でいてはならない。

私は、長生きがしたい。

いつか子供が持てるのであれば、高齢以外の理由で生まれてくる子にマイナスを負わせたくない。

母体になるかもしれない身体を被爆から守らなければならない。

原子力の推進派がこれからも原子力が必要だと思うか、の質問に対する楽天的過ぎる答え。

「なんとか僕らの人間の知恵で押さえ込めるだろうと思っている」

押さえ込めていない現実と、押さえ込めることが出来るまでに抱え続ける福島原発と同じ危機、そして有事には、チェルノブイリの影響が終わらないままに福島が相乗したように、10万年という単位で毒が重なっていく事実。


きちんと調べて感じて考えて、もう二度と3/11以前のように、政治に対する無関心も、電力供給に対する完璧なまでの受身も、自分の浅い知識をそれでよしとする甘えからも決別し、これからは声に出して原子力の平和利用なる行為に反対を表明していこうと思う。

安心して食べることが出来るものなどなくなってしまった事実を受け入れ、悲観して自暴自棄になるのではなく、隠蔽する腐った社会の全てを冷ややかな気持ちで凝視し続け、自分と大切な人たちの身体に少しでも放射性物質が入らないよう努力をし、感じるところのある情報をこのカテゴリにまとめていきたいです。


最初は、少々ショッキングな内容だけど、被爆したらどうなるのか、頭に叩きこまれた講演映像。


2006年9月16日 小出裕章氏の高知県津野町での講演会(講演会PDF資料あり)


2006年に、高知県津野町に核廃棄物保管施設が建設されそうになった際、小出氏が行った核の知識と、その恐ろしさについて。

被爆をしたらどうなるのか

1999年9月30日の茨城県の東海村での臨界事故の詳細について語られている。
2人の作業員が、1人がじょうごを持ち、1人がそれに向かってウラン溶液を流し込むというウソみたいな作業を行っている最中に、流し込んだウランが燃えてしまい、2人の作業員が全員が死ぬといわれている被爆レベル8グレイ、というものを大幅に超えた被爆(1人は18グレイ、もう1人は10グレイ )をし、83日後と211日後に亡くなった話。

Wikipedia : 東海村JCO臨界事故


放射能物質排出にペクチンがいいと聞き、ペクチンといえばフルーチェ!ということで、ミルクを購入してきた日に知った、福島、茨城、千葉の牛乳が西日本に送られ、そこで「汚染された牛乳」と「綺麗な牛乳」をまぜて、ベクレルを規制値以内に納めているという情報

…相殺されちゃうじゃん。

みんな困っている。活動している人もいる。私は牛乳はメイトーと決めた話。

電話で聞いてみました 各社の牛乳産地と放射能検査の現状


反原発を叫んでいるのは大体が無職やニートという精神科医がいました。(香山リカ)
わ!ほんまやんけ!けれど、3/11以前と変わらぬ日々を送ることを強いられている忙しい社会人の皆様に変わって、閑なアタクシは記事を上げ続けます。

だって、アナタがツゥキだからーーーーッ!!!

「必要」でも「思い出」でもないのに10万年も仕舞うモノ

無職をこじらせているので、実家物置の個人的備蓄部分の掃除でもしてお茶を濁そうか(和訳:ごまかそうか)と思いたち、積年見ないふりを決め込んでいたお宝という名のガラクタやガラクタという名のゴミに果敢に挑んでみた。

なななんということことでしょう…

匠の心意気溢れる無駄買い、衝動買い、考えることを放棄し、しまいこむことでなかったことにしてきたありとあらゆるモノが十重二十重に積み重なり、遊び心をくすぐるアンバランスなダンボールの城を築いているではありませんかッッッ!!!

下のほうのダンボールに貼ったガムテープなんかはもう石油なんじゃないか?ってくらい劣化してべっとべとである。

その時々で当座必要ないけど、なんだか捨てるに忍びないものを蓄えて「仕舞っていた」つもりだったのだが、箱を開ければ開けるほど驚愕する絶対的無用の品々。この震災後の「生命活動維持に必要なもの以外は基本的には無駄」という考え方に則ると、なんと100%がゴミであったという真実!!

思わず「思い出」の品まで全部処分しそうになったぜ!!
結局家族の誰よりも多かった私の地層ダンボールは、「思い出」をろ過し、たった1箱に。恐ろしいッ!!

…しかし、いつかのために、今活用できないものを、仕舞いこんで見ないことでなかったことにしていたなんて。。。

なにそれ核廃棄物みたい!!!

いや、核廃棄物は「仕舞うことでなかったことにする」じゃなくて、「10万年は仕舞うことしか出来ない」のか。

なにそれクソ恐ろしいッ!!!!!

以下、先月見てバリクソ恐ろしすぎて言葉を無くした番組のYouTube一覧
※消されてしまうかもしれないから是非早めの閲覧を。

まさかの原発+戦争賛成論?

世の中には自分と同じ人間は一人もいなくて、360度見渡す限り意見の違う人がぐるりといるのは理解していたつもりだったけど、浜岡原発をはじめ、いまだに原子力は必要と思っている人がいることには失望する。制御できない、絶対安全なんてことはありえない、廃棄物の処理すらできない、明日の命の脅かし、未来の子供に恐ろしいゴミ遺物を量産し続けるものを今と変わらない生活をするために、落ち目経済を工夫や改革なく延命するために、使い続けたいという人がいることに失望する。

電気使いながらそういうきれいごと言うなよと言う人がいるけど、別に電気使えなくったっていいんだけどな。

電気がなくても死なないから。
私は酸素吸入は幸いしていないし、夏冬、対策しさえすれば暑さ寒さで死ぬような歳ではない。
我慢できる人間から我慢していけばいいと思う。我慢できるのに我慢したくなくて、マイナス面をどうゆう理論でか捻じ曲げて、今と変わらない生活を送りたい人がいるから人が死ぬ。

今原子力発電所を止めないことが、死ぬことにつながると聞いて、そんなのは極論と思うか思わないかで楽観主義者か悲観主義者かわかったりして。

コップに半分しかない水を、「まだ半分ある」と思う楽観主義者と、「もう半分しかない」と思う悲観主義者というヤツの替わりに。

限りある資源の火力に頼らず、制御も廃棄もできない原子力には手を出さず、太陽光や風力、潮力、自然の営みに電気を起こしてもらう方法へシフトしていかなくては。

期待する代替エネルギーのひとつ → そよ風くん

大事な漫画のひとつ『寄生獣』の10巻で大量殺人鬼 浦上のセリフに「人間はもともと  とも食いするようにできてるんだよ 何千年もそうしてきたんだ!それをいきなりやめようとするから 50億にも60億にも増えちまう このままじゃ世界がパンクしちまうぜ」というのがあった。

とも食いとは戦争を意味していると思うけど、9.11で罪もない人を大量に殺したビン・ラディンの死に狂喜乱舞するアメリカの人たち、それに対して報復を表明するアルカイダ、血で血を洗う流れと、制御も廃棄もできない原子力に利権・利潤と便利を求めてしがみつく人たちをみると、寄生獣の冒頭のセリフが浮かんできて、一気に読み直してしまったりしている私は無職35歳です。

滅びのまじない

セキュリティソフトのアップグレードに失敗してPCの立ち上げに支障をきたしまくっているうちに5月ですか…。なんだか寒い日も続いているし体感的にも猶予がある気がしていたのに誠に遺憾であります。

日々起こる東北の余震を心配しながら、福島原発に対する政府関連ニュースとネット上の多量で深刻な情報の矛盾に腹を立てすぎて人相が変わりそうな今日この頃でしたが、小佐古教授に口止めしながら、いまさらこのタイミングで飯舘村が被爆して「しまっていた」事実をお詫びですませようとする政府。人の命がかかわっているのに。

「老婆心ながら守秘義務」と官邸、小佐古教授に

拡散予測データ5000件公開

現状、実生活に何不自由のない私ですら、たいした強度もない堪忍袋の尾を音を立てて引きちぎる思いなので、福島の人の失望や憤怒は深刻に病気になってしまってもおかしくないレベルなんじゃないかと思う。


「無用の混乱を招きかねない」


自分と自分の大切な家族の身に見えない放射能が深刻な量降り注いでいることを知り、最大限防御するためにしなくてはいけないことを必死に講じることが「無用の混乱」に当たるとでも言いたいのだろうか?

この人殺し政府を解体できる呪文はないのだろうか。

声帯がつぶれるくらいの絶叫で唱えたい。


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